ご真影

本日2015年12月23日は、畏れ多くも今上陛下の御年82歳のご誕生日であります!

 皇室を尊崇する一国民としてこの日をお慶び申し上げると共に、天皇皇后両陛下のご長寿とご多幸、さらにはご皇室の益々のご繁栄を祈念いたします。

 陛下におかれては、この1年も連日のご公務や宮中祭祀、さらには敗戦70年の節目の年ということもあって嘗ての日本の委任統治領であったパラオ共和国へご訪問になって、西太平洋の各地で無念にも戦病死した多くの旧日本軍将兵、さらには徴用された挙げ句、巻き添えにあって死んだ多くの民間船員などを慰霊されました!
 そして、敗戦後の引き揚げ者が開拓した各地の入植地をご訪問されるなどご多忙の日々をお過ごされておられますが、地方へのご行幸、各地の災害被災者を見舞われるなど、常に国民と共にあり、一般国民の生活をご心配下さる深き大御心に、一国民として感謝申し上げます。

(以下、お誕生日に際しての記者会見)



◎宮内記者会代表質問
問 今年は自然災害などいたましい出来事があった一方,日本人2人がノーベル賞を受賞するなど,明るい話題もありました。天皇陛下は戦後70年の節目に当たり,新年のご感想で「満州事変に始まる戦争の歴史を学び,今後の日本のあり方を考えることが極めて大切」と述べられ,パラオをはじめ,国内外で慰霊の旅を重ねられました。また,全国戦没者追悼式では「さきの大戦に対する深い反省」という表現を新たに用いてお言葉を述べられたほか,玉音盤の原盤や,御文庫附属庫の公開もありました。年明けには,フィリピンへの公式訪問が予定されています。
戦争や平和への思いに触れながら,この1年を振り返るとともに,来年へのお考えをお聞かせください。 

◎天皇陛下
 今年の自然災害としては,まず5月に鹿児島県の口永良部島の新岳が噴火して,海岸まで達する火砕流が発生し,全島民が島から避難したことが挙げられます。火砕流は雲仙岳の噴火災害のお見舞いに行った時に見ましたが,海岸まで達する火砕流は本当に恐ろしい光景だったと思います。島民は幸い皆無事でしたが,まだ避難生活が続いていることに心を痛めています。

 9月には豪雨により鬼怒川などが氾濫し,8人が亡くなる大きな災害となりました。氾濫により多くの人々が家々に閉じ込められ,どんなにか不安な時を過ごしたことかと思います。自衛隊を始めとするヘリコプター等の救助活動により,人々が無事に救出されたことは本当に幸いなことでした。危険を伴う救出活動に携わった人々に深く感謝しています。水につかった家屋や田畑の復旧作業には多くの労力を必要とするもので,多数のボランティアが協力してくれていることをうれしく思っています。困難に遭遇している人々を助けようという気持ちが日本人の中に豊かに育っていることを非常に心強く思います。後日,常総市の被災地をお見舞いしましたが,泥水につかった田畑が広がり,苦労して作物を育ててきた人々の気持ちはいかばかりかと察せられました。

 今年の喜ばしい出来事としては,まず二人の日本人がノーベル賞を受賞されたことが挙げられます。大村博士の生理学・医学賞は,アフリカや南米で,人に感染すると盲目になる危険をもたらすオンコセルカ症を治す薬を地中の菌から作り出されたことなどの業績によるものです。私は以前,オンコセルカ症を患って盲目になった人々が連なって歩いている痛ましい映像を見ていましたので,この病気を治す薬が出来たということを本当にうれしく思いました。一方,梶田博士の物理学賞は,神岡鉱山の地下にあるスーパーカミオカンデにおけるニュートリノの研究で,ニュートリノに質量があることを見出されたことに対する授賞でした。11年前,スーパーカミオカンデを訪問したことが思い起こされました。お二人の長年にわたる地道な研究を誠に尊いものと思います。

 また,日本製のジェット旅客機が完成し,試験飛行が行われたこともうれしいことでした。かつて日本で戦後初めてつくられたプロペラの旅客機YS11の試験飛行を,羽田の空港で関係者と共に見守ったことが懐かしく思い起こされました。それから50年以上がたったわけです。

 今年は先の大戦が終結して70年という節目の年に当たります。この戦争においては,軍人以外の人々も含め,誠に多くの人命が失われました。平和であったならば,社会の様々な分野で有意義な人生を送ったであろう人々が命を失ったわけであり,このことを考えると,非常に心が痛みます。

 軍人以外に戦争によって生命にかかわる大きな犠牲を払った人々として,民間の船の船員があります。将来は外国航路の船員になることも夢見た人々が,民間の船を徴用して軍人や軍用物資などをのせる輸送船の船員として働き,敵の攻撃によって命を失いました。日本は海に囲まれ,海運国として発展していました。私も小さい時,船の絵葉書を見て楽しんだことがありますが,それらの船は,病院船として残った氷川丸以外は,ほとんど海に沈んだということを後に知りました。制空権がなく,輸送船を守るべき軍艦などもない状況下でも,輸送業務に携わらなければならなかった船員の気持ちを本当に痛ましく思います。今年の6月には第45回戦没・殉職船員追悼式が神奈川県の戦没船員の碑の前で行われ,亡くなった船員のことを思い,供花しました。

 この節目の年に当たり,かつて日本の委任統治領であったパラオ共和国を皇后と共に訪問し,ペリリュー島にある日本政府の建立した西太平洋戦没者の碑と米国陸軍第81歩兵師団慰霊碑に供花しました。パラオ共和国大統領御夫妻,マーシャル諸島共和国大統領御夫妻,ミクロネシア連邦大統領御夫妻もこの訪問に同行してくださったことを深く感謝しています。この戦没者の碑の先にはアンガウル島があり,そこでも激戦により多くの人々が亡くなりました。アンガウル島は,今,激しい戦闘が行われた所とは思えないような木々の茂る緑の島となっています。空から見たパラオ共和国は珊瑚礁に囲まれた美しい島々からなっています。しかし,この海には無数の不発弾が沈んでおり,今日,技術を持った元海上自衛隊員がその処理に従事しています。危険を伴う作業であり,この海が安全になるまでにはまだ大変な時間のかかることと知りました。先の戦争が,島々に住む人々に大きな負担をかけるようになってしまったことを忘れてはならないと思います。

 パラオ訪問の後,夏には宮城県の北原尾,栃木県の千振,長野県の大日向と戦後の引揚者が入植した開拓の地を訪ねました。外地での開拓で多大な努力を払った人々が,引き揚げの困難を経,不毛に近い土地を必死に耕し,家畜を飼い,生活を立てた苦労がしのばれました。北原尾は,北のパラオという意味で,パラオから引き揚げてきた人々が入植したところです。

 この1年を振り返ると,様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした1年だったように思います。年々,戦争を知らない世代が増加していきますが,先の戦争のことを十分に知り,考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います。

 私はこの誕生日で82になります。年齢というものを感じることも多くなり,行事の時に間違えることもありました。したがって,一つ一つの行事に注意深く臨むことによって,少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです。

 今年もあとわずかになりました。来る年が人々にとって少しでも良い年となるよう願っています。

(以上、宮内庁HPより)--------------------------------

 今回のご会見でも陛下が述べられたように、戦争は軍人のみならず、民間人や戦場になった国の人々を苦しめ痛めつけるのだ!だからこそ、敗戦後の日本は「平和国家」として「武力を放棄」して「非軍事」に徹した外交努力や対外支援などを行ってきたはずである!
 その背景にあるのが、言うまでもなく平和主義を定めた「日本国憲法」である。そして陛下におかれても即位の大礼の際、「日本国憲法を遵守し、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓う」と明言されておられ、1946年11月3日の日本国憲法発布の勅語において「朕は、国民と共に、全力をあげ、相携へて、この憲法を正しく運用し、節度と責任を重んじ、自由と平和とを愛する文化国家を建設するやうに努めたいと思ふ。」と述べられた先帝陛下の想いをしっかと引き継いでおられる!

即位の大礼

 しかるに、「特定秘密保護法」に続いて完全に憲法違反である「戦争法」を問答無用で成立させたファシスト安倍は、次なる目標として憲法に「非常事態条項」を追加しようとしている!
アベノ目論見
 奴らが目論む「非常事態条項」の本質は、憲法で保障されている「基本的人権」すら制限し、独裁体制を敷けるものであり、その意味においてナチスドイツがワイマール憲法を形骸化した「全権委任法」と何ら変わりは無い!
非常事態条項
 これは、事あるごとに「憲法遵守」を明言されておられる陛下の大御心を完全に無視をしたものであり、断じて許せん!

 もはや、立憲主義と民主主義を愚弄し、国民から「自由と権利、平和」を奪い取ろうとする凶人安倍一味は立場の差を超えた日本国民の敵なのだ!
 そんな下衆野郎どもに、陛下のお誕生日を寿ぐ資格は断じてない! 












 
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2015.12.23 Wed l 皇室関連 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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