歴史を振り返ってみると、李氏朝鮮に限らず歴代の朝鮮王朝は中国大陸に存在した中華帝国の朝貢国であり、歴代の中華皇帝に封じられる事により権力の正当性を認められてきた。そのために中華皇帝の使者が来訪した際、朝鮮王は自ら迎恩門まで出向き、その場において9回頭を地面に叩きつけて、ひれ伏し、使者を迎えたという。
 その李氏朝鮮が中華帝国の支配から離れ晴れて独立国家となったのは1895年の事である。それは日清戦争の講和条約である下関条約第1条に「清国は、朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを確認し、独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する。」と記載されたためである。どこの国が講和条約のしかも第一条に第3国が独立国であると戦争相手に認めさせる国があろうか!
 その後も日本は出来れば朝鮮(大韓帝国)が自主独立を続けてもらいたかった。それは明治維新から30年程度しか経て無く、朝鮮半島まで抱え込むことは脆弱な日本経済に大きな負担であったためである。そのため伊藤博文は朝鮮併合には反対であった。それが事実である。
 それなのに朝鮮は、南下するロシア帝国に事大するは、挙げ句の果てにハーグ密使事件まで引き起こした。ついにはテロリスト安重根により伊藤博文が暗殺され最終的に1910年に日本に併合された。

 その後、1945年の敗戦に至る35年間に日本は朝鮮半島に多大な投資を行い、日本が朝鮮に遺棄した財産や資産は、軍事資産を除き計53億ドルであったという。ちなみに日韓国交回復時(1965年)の韓国の年間国家予算は約3.5億ドルしかないのである。いかに自国経済が脆弱であるにも拘わらず日本が朝鮮半島に投資してきたか。それなのに

「日本の植民地統治は韓国の近代化を阻害」
慎廈著『日本帝国主義の植民地政策と植民地近代化論批判』(文学と知性社)

『解放前後史の再認識』に、今度は右派民族主義陣営が反撃か?

 社会学者として韓国近現代史研究に大きな業績を残した慎廈(シン・ヨンハ)漢陽大客員教授が、これまでに発表した論文のなかから、日本帝国主義と植民地近代化論を批判した内容をまとめて出版した。
 著者は「一部の人の間で、日帝が植民地時代に遂行した政策が韓国を“近代化”してくれたという“植民地近代化論”が普及している」と嘆き、日本の植民地政策こそが韓国の近代化を阻害したと主張している。
 政治的近代化の面では、日帝が憲法ではなく、総督の命令により強圧的に統治したことを挙げ、反論した。また社会的近代化の面では、生命と身体の自由など、基本的市民権すらはく奪され、文化的には韓民族固有の文化が抹殺されたことを挙げた。
 最大の論点は経済的近代化だ。日本は植民統治下で半封建的地主制度を強化し、産業資本主義の確立ではなく、韓半島(朝鮮半島)を日本本国が独占する商品市場として改編する政策を行なったと著者は主張している。
 また当時の工業施設はそのほとんどが軍需施設で、現在の北朝鮮地域にあったため、1960年代以降の韓国主要企業のうち、99%が光復(日本の支配からの解放)以後の新生企業であるとし、日帝による経済的近代化を否定している。

--------------------以上引用-------------------

 全くもって「恩知らず」とはコイツらのためにある言葉であろう!折角日本が残していった社会資本をぐっちゃぐちゃにしたのは朝鮮戦争のためであり、有り体に言えば自業自得というヤツであろう!朝鮮人が大好きな犬でも「三日飼えば三年恩を忘れぬ」と言う。コイツらは正に犬以下であろう!
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2006.06.28 Wed l 外交問題とか l コメント (0) トラックバック (0) l top

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