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 そもそも「学問」とは何か?Wikipediaから抜粋すれば『近代教育が確立される以前の「学問」は知の体系を指すという意味以外にも今日の言葉で言う「人間学」や「教養」を意味する使われ方もしてきた。儒学でいう「聖人の学」などという言葉の文脈で使われる「学問」は、今日の自然科学・社会科学・人文科学という意味での学問ではなく、人格を修養する手段としての学問である。日本においても、江戸時代の儒学者などのいう「学問」は人間の修養と、社会を治める知識としての学問の両方を意味していた。』と記載されている。

 つまり洋の東西を問わず、単なる「知識」を学ぶだけではなく、「人格を修養する」ものが「学問」なのだ!だから例え「理系」であっても幅広い「教養」とそれに裏付けられた「優れた人格」が無ければ世界に通用する「人材」とは見做されないものなのだ!
 だからこそマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの石井裕教授も「みんなグローバル化が必要だというけれど、その本質は他流試合を厭わないということ。今世界では、かつてのモハメド・アリとアントニオ猪木の異種格闘技的な状況があらゆる分野で起きつつある。そこで闘うためには、どれだけ多様な価値観がしのぎを削って切磋琢磨しているかをきちんと理解し実践できるが大切だ。一つの集団が一つの価値観で統一されているなんてことがあれば、むしろそのことのほうが怖ろしい。世界で闘える人材をつくるというのなら、まずはあなた方一人ひとりがそうならなければならない」と強調するのだ!
MIT 石井教授

 然るにそれを全く理解せぬ集団が日本に存在する。言わずと知れた「反知性」の凶人安倍一味と金儲けしか考えない罪界の強欲ジジイどもだ!
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 奴らは、「学問」の場である大学を自分達にとって都合の良いものに改竄しようとしている!その1例が「L型大学」である。これは旧帝国大学と早慶といったいわゆる一流大学以外の大学は、アカデミックな教育をやめ、職業訓練に専念すべきという「学問」の意味を全く理解せぬ暴論である!
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 そしてもう一つが「教育勅語」下村悶禍相が出した国立大学に対する人文社会科学系学部の改廃要求である! 

(以下、引用)

文科省が火消しに躍起 文系学部廃止通知 

 文部科学省が、六月に国立大に出した通知の火消しに躍起だ。教員養成系や人文社会科学系の学部の廃止などを盛り込んだ内容だが、学術界が「文系軽視」と強く反発した結果、「誤解を招く表現だった」と釈明している。

◆「誤解」と釈明、「真意」を説明

 問題となった通知の表題は「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」。下村博文・文部科学相名で各国立大学法人の学長らに六月八日付で提示した。特に大学改革が必要な対象として教員養成系と人文社会科学系の学部・大学院が名指しされ、「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることとする」と迫った。

 「文系解体命令」とも受け取れる通知に怒ったのが、「科学者の国会」と称される日本学術会議だ。七月二十三日に幹事会として声明を出し、「国公私立を問わず大学のあり方全般に多大な影響を及ぼす」「大学教育全体を底の浅いものにしかねない」と訴えた。

 文科省はようやく今月に入ってから対応を本格化させる。

 下村文科相は十一日の記者会見で「非常に誤解を与える文章だった」と釈明するとともに、廃止を考えているのは教員養成系学部のうち教員免許取得を卒業要件にしない課程▽人文社会科学系まで廃止について言及しているわけではない▽先の予測が困難な時代を生きる上で人文社会科学系も質の転換が求められている-などと通知の「真意」を説明。十八日には、文科省の担当者が、東京都内で開かれた日本学術会議の幹事会に足を運んで「真意」を重ねて説明した。

◆強まる批判

 とはいえ、新国立競技場の問題などで過ちを認めず後手に回った文科省だ。本当に反省しているのか。

 大学教育ジャーナリストの木村誠氏は「少し考えれば強い反発を招くことは分かったはずだ。なぜあんな表現にしたのか」と首をかしげる。「産業界には大学に実学を求める声がある。それを忖度(そんたく)しすぎ、先走った表現にしたのかもしれない」

 そもそも、教員養成系や人文社会科学系の廃止や転換といった通知の表現は、昨年九月に文科省が国立大学法人支援課長名で各法人に出した事務連絡にも明記され、当時から学者の間で「文系廃止につながる」との声が上がっていた。

 元文科官僚で京都造形芸術大教授の寺脇研氏は「ここにきて『どうも形勢が悪そうだ』と判断して釈明を始めただけ。どこか新国立競技場やエンブレムの問題と似ている」とみる。

 寺脇氏は、下村文科相の責任にも言及する。文科相は会見で「私が(通知の)一字一句全部チェックしてオーケーを出しているわけではない」と発言した。「事務方の表現ミスと言わんばかりの態度はあまりに無責任。この軽々しさは、大学改革を真剣に考えてない証しだ」(寺脇氏)

 文科省は通知を撤回せず、一連の釈明だけで幕引きを図ろうとしている。

 藤田英典・共栄大教授(教育社会学)は「批判に耳を貸さないのが安倍政権。教育でもそうだ」と断じた上で、こう提言をする。

 「私立大学は学生を集めるために実学志向を強めているが、そうした状況だからこそ、国立大学、特に人文社会科学系の役割をあらためて考えるべきだ。知性や批判精神をはぐくむ人文社会科学系の学問は社会にとって不可欠なものだ」

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(榊原崇仁)

(以上、中日新聞より引用)-----------------------------

 まぁ、学会などからの猛反発を受けてさしもの凶人安倍一味や罪界も少し怯んでいるようではある。だが戦争法の反対運動が3名の憲法学者による「違憲発言」によって燃え盛った事もあって、特に凶人安倍一味が「人文社会科学系」に敵愾心を抱いていると容易に想像が付く!
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 罪界にしても、「ひたすらロボットのように死ぬまで働かせる事が出来る人材」を求めているのであって、小難しい理屈を言う人間など求めていないからこそ、「L型大学」などというものを望んでいるのだ!

 そして問題は、いくら学会や国立大学協会が反発を強めようとも、国立大学の運営交付金予算を悶禍省が握っていることだ!現に多くの国立大学において「人文社会科学系学部」の「改変」が計画されている!これもこの10年間における運営交付金予算の推移を見ればある意味当然の結果とも言える!

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 いずれにせよ、現代日本を代表とする「反知性」集団である凶人安倍一味が政権を握り続ける限り、国立大学の「人文社会科学系学部」の運命は風前の灯火とも言える!
 日本国民の「知性」と「教養」を人格・品性ともに下劣な凶人安倍の思うがままにさせては断じてならない!その為にも国民一人一人が奴らと正面から闘う気概が必要なのだ!

















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2015.09.30 Wed l 教育 l コメント (0) トラックバック (1) l top