沖縄知事選敗北を受け左傾化進行中だった民主党がちょっち方針転換を行い防衛庁の「省」昇格関連法案に賛成したため、本日ようやく法案が衆院を通過した。

 この法案は防衛庁を内閣府の外局から省に移行させるとともに、徐々に主要任務に成りつつある自衛隊の国際平和協力活動などを「付随的任務」から「本来任務」に格上げるものである

 本来であれば平成13年1月の省庁再編の際に行われて然るべきであったものであるが、これでようやく國防に関する「形」の一つが整備される見通しがついたわけだ

 ただ今回の法案でも「防衛大臣」が有事に命令できるのは相変わらず「警備行動」までであり、最上位の「防衛出動」は無論のこと「警護出動」・「治安出動」ですら命令を出せるのは首相であることは変わっておらず、「有事における」防衛大臣一任制度のような抜本改定は未だ道遠しである。

 それでも他国との均衡改善等、一定の効果はあるわけだが、未だにあのマスゴミは反対しているようである。

防衛「省」 改めて昇格に反対する

 戦争が終わって60年が過ぎた昨年、詩人の長田弘さんはそのころ盛んに語られた「戦後60年」という表現に疑問を投げかけた。「不戦60年」と言うべきではないのか。

 「昭和の戦争に敗れて戦争はしないと決めてからの、戦争をすることを選ばなかった『不戦60年』という数え方のほうが、この国に戦争のなかったこの60年の数え方としては、むしろ当を得ています」(長田弘「知恵の悲しみの時代」みすず書房)

 60年もたてば、多くのものは古くなって時代に合わなくなる。手直しするのは当然だ。憲法しかり、戦後民主主義しかり――。そんな風潮がある。

 だが、日々続けてきたものは古くなるのではなく、日々新たな到達点がある。そこを前向きに評価したい、というのが長田さんの言いたいことだろう。

 防衛庁を「省」に昇格しようという法案の審議が衆院で大詰めを迎えている。きょうにも本会議で可決される見通しだ。「庁」という形は時代に合わないから、直したいということのようだ。

 防衛庁が生まれて52年がたつ。自衛隊は国土防衛だけでなく、カンボジアへの派遣をはじめ海外でもさまざまな経験を積んだ。かつてと比べ、国民は自衛隊や防衛庁をより肯定的に評価するようになったのは事実だ。

 だがこの間の歩みには、戦前とは違う国のありようを求めてきた私たち自身の決意が投影されていることを忘れてはならない。

 戦後日本は、侵略と植民地支配の歴史を反省し、軍が政治をゆがめた戦前の過ちを決して繰り返さないと誓った。だからこそ、戦後再び持った武力組織を軍隊にはせず、自衛隊としてきた。普通の軍隊とは違う存在であることを内外に明らかにする効果も持った。

 軍事に重い価値を置かない、新しい日本のあり方の象徴でもあった。国防省や防衛省ではなく「防衛庁」という位置づけにしたのも、同じメッセージである。

 省になってもこれまでと実質的な違いはないと、政府・与党は言う。自衛隊員が誇りを持てる。諸外国も省の位置づけだ。名前が変わったからといって、戦前のような軍国主義が復活するわけではない。それはそうだろう。

 だが、問われているのは私たちの決意であり、そうありたいと願う戦後日本の姿である。古びたり、時代に合わなくなったりする問題ではないはずだ。
 長田さんが「不戦60年」の表現を薦めるように、私たちは「庁」にこだわりたい。省になることで、軍事的なものがぐっと前に出てくることはないのか。そんな心配もある。

 日本は、惨憺(さんたん)たる敗戦に至った歴史を反省し、新しい平和の道を選んだ。それは多くの国民が賛成し、いまも支持している選択だ。その重みを考えると、あたかも古い上着を取り換えるようなわけにはいかない。

--------------------以上引用-------------------

アカピーキタ━━━━━━\(゚∀゚)/━━━━━━ !!!!!

 一方で「名前が変わったからといって、戦前のような軍国主義が復活するわけではない」と自ら言っておきながら「省になることで、軍事的なものがぐっと前に出てくることはないのか」だって(呆 ´_っ`)アホダ…。

 ローゼン閣下や中川(酒)政調会長の核議論の時といい、此奴ら「言霊」に囚われすぎているのではないか?
 いくら素晴らしい制度を作ってもそれを運用する人材と精神に恵まれない限りその制度は画餅になってしまう。重要なのは制度を運用する「人材」であって「庁」が「省」になる程度で本質が変わる訳がないのだ!

 我が國周辺が「虐殺者」「犯罪国家」「既知外酋長」「火事場泥棒」などといったロクでもない国家群に囲まれている現状を踏まえたとき、今後重要となるなるのは、「シビリアンコントロール」に名を借りた防衛官僚による「シビリアンコマンド」を排し「現場」の正確な情報を政府中枢へ上げ、的確な政治判断を助ける仕組み作りである。

 「言霊」に囚われ、書生じみた感情論(若しくは「宗主国さま」への忠誠心の発露か?)でしか記事が書けず、北方領土を露助に譲るべきと主張する売国奴アカピーはやはり阿呆揃いである!
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2006.11.30 Thu l 言霊 l コメント (3) トラックバック (2) l top